この記事は下記3章に分けて記述する。
①旅の背景
②7つの地獄
③8つ目の地獄
①旅の背景
"九州ふっこう割"という制度をご存知であろうか?
2016年4月に発生した熊本地震により、熊本、大分の両県をはじめとする九州の観光産業は大打撃を受けた。
九州の観光業の支援を目的として、2016年7月から2016年12月末の期間における九州地方への旅費の一部に対して、政府から補助金が補填されるという制度が施行された。
この制度を利用することで、東京(羽田空港)~大分空港間の航空便(JAL)にホテル1泊を付けたプラン(通常価格だと34,000円)が、14,000円で購入することが出来た。
この航空券付プランの帰還日や復便の発着地を変更することも可能であり、この航空券付1泊プランとは別に、九州ふっこう割が適用される宿泊プランを購入することで、4泊5日のプランを20,000円*1で購入することが可能となった。
ところで、株取引の世界では"国策に売りなし"という格言がある。*2
我々のことばに直すと、"国策にコスパあり"とでも言うのだろうか。
かくして、安く足を手に入れた私は大分県に向かったのだ。
②7つの地獄
大分空港に着いた後、バスで別府へと向かい、JR亀川駅でバスを降りた。
別府地獄めぐりは、龍巻地獄、血の池地獄、白池地獄、鬼山地獄、かまど地獄、海地獄、鬼石坊主地獄の計7つの地獄で構成される。
地獄めぐりを開始するため、徒歩で龍巻地獄へ向かった。
途中で見つけたスーパーで地元の食材を買って昼食とした。
定価でこの価格は安い。
この日は8月下旬の快晴日ということもあり、竜巻地獄、血の池地獄エリアまで1~2km歩いただけで、夥しい量の汗が身体から流れ出た。片道140円のバス代をケチったが、生命維持の為に途中で140円のペットボトル飲料を購入した。
龍巻地獄の入口で、地獄めぐりの共通観覧券を買った。
・龍巻地獄
龍巻地獄は30-40分周期で噴き出る間欠泉であり、一度に7分程噴出し続ける。
・血の池地獄
「竜巻地獄、血の池地獄エリア」から「海地獄エリア」へは3~4km離れており、徒歩で移動するのに限界を感じていた為、190円払ってバスで移動した。
・白池地獄
・鬼山地獄
休日は午前と午後にそれぞれ1度ずつワニへの餌やりショーがあり、このショーが面白かった。
・かまど地獄
・海地獄
③8つ目の地獄
地獄めぐりの全行程である7つの地獄めぐりを終えた後は、地獄蒸しプリン(300円)を食しながら休憩を取った。
プリンを食す間、ふと背後から2人の男性同士の会話が聞こえてきた。
「ところで関口君、不思議に思わないか?地獄めぐりと題されているが、"7つ"の地獄しか我々は回っていない。原始仏教の経典である長阿含経によると、地獄は八熱地獄と十地獄に大別される。前者の八熱地獄は等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、阿鼻地獄から成り、罪人の犯した罪の種類や重さによって、送られる先が決まるとされている。この八熱地獄以外にも八寒地獄があるという説もあるが、いずれにせよ地獄と題した以上、"7"という数字は私には腑に落ちないのだよ。」
『つまり京極堂、君が言いたいのは――』
「そう。"8つ"目の地獄があるのだよ。我々のような一見さんには秘匿されている地獄がね――」
背後を振り返った。
しかし、そこには売店の店員以外誰も居なかった。
売店の軒に吊るされていた風鈴がりんと鳴り、音を聞く者に清涼感をもたらした。
今聞いた会話は幻聴であったのか?
温泉地特有の地熱の高さ、全身に降り注ぐ真夏日の直射日光のいずれもが、私の意識を朦朧とさせていたことは事実であろう。
いずれにせよ、京極堂という男が残した最後の言葉"秘匿されている地獄"という言葉が、脳裏に焼きついて残っていた。
秘匿された地獄を捜そうという思いの元、別府観光MAPを見ると、1-2km離れた場所に存在する"紺屋地獄"の情報を得た。
紺屋地獄までの道のりは坂道となっており、地獄めぐりエリアから離れていることもあり、道中に人影は無かった。
"これこそが秘匿された地獄である"という思いが強まっていた。
MAP上で紺屋地獄を指す地点に到着すると、そこには"別府温泉保養ランド"という入浴可能な温泉施設があった。
ご案内に表示される"男女混浴"という文字列を見て心がはやり、入場料(1,100円)やロッカー料(200円)を躊躇無く支払った。
この別府温泉保養ランドの設立は古く、内装が古いのは勿論のこと、脱衣場も狭かった。そして洗い場にはシャワーは無く、蛇口の湯の出も悪かった。
身体の汚れを落とした後、逸る気持ちを抑えながら混浴エリアである露天エリアへと向った――
――混浴エリアと呼ばれる場所に着くと、そこには十数人の男性が犇いていた。
湯から出て全身の肌を焼いているウェイ系男性グループ、泥湯に入っている男性グループ、そして男女混浴湯の入口前に鎮座するワニ系男性グループがいた。
女性客は皆無であった。
女性目当てに混浴温泉内に長時間滞在する客のことをワニと呼称することがある。
このワニという呼称は、湯中に身体を隠し、目と鼻だけを湯面から出す姿がワニに似ていることから来ているものだと思っていた。
しかしながら、私が見たワニは湯から出た状態で混浴湯の入口前に鎮座し続けるカビゴンのような存在であった。*3
この時点で混浴は諦め、この温泉の名物である泥湯を堪能することにした。
鎮座するワニの横を通り、一番泉質の良いエリアに入ると――
――そこには2体の鬼が居た。
もとい、首元から太腿までに鬼の刺青を入れた、明らかにカタギでは無い2人の男性が立っていた。彼らは邪淫な心を抱いて温泉にやって来た罪人を裁く鬼なのだろうか。
"これが一般観光客に秘匿された8つ目の地獄ね――"
ここまで来るのに要した労力、支払った1,300円を加味すると、コスパ的にかなり厳しい経験を得た。
失意のまま、別府駅付近のホテルに移動し、近くのスーパーで大分の名産を購入し晩御飯にした。
別府の旅は完全に失敗した。